日本薬局方-一般試験法 2.58 粉末X線結晶回折測定法

粉末X線回折測定法とは、X線の回折現象を利用して物質の特定・定量を行う方法です。回折とは、波の性質を持つものが障害物に当たったときに、直進だけでなく障害物を回り込むように進む現象です。波の性質を持つものに固有の現象で、光や音、水面の波などでも起こります。波同士が回折により重なり合うと、波を強め合ったり、弱め合ったりする現象が起こります。これを波の干渉と呼びます。スリットのある板に波が当たると干渉が観測できます。干渉はスリット間の距離に依存しますので、干渉像がわかればスリット間の距離を逆に計算で得ることができます。

X線は波長が0.01-10nmととても短い、高エネルギーの電磁波のことを指します。電磁波は波と粒子の性質を持ちます。したがって、波の性質である回折、干渉を起こします。X線の回折は結晶に当たったときに起こります。電子雲(電子の存在確率の分布のようなもの)がX線の回折を起こす原因(ついたてとスリットの役割)となります。電子雲はX線を反射し(これを回折と呼びます)、反射されたX線同士が干渉することで干渉像を得ることができます。X線の反射はフラッグの法則と呼ばれる等式に則ります。結晶には結晶格子があり、その結晶格子にはある角度を持つ結晶面が存在します。結晶面は平行に配列しており、結晶面に対するX線の入射角のサイン値と結晶面の間隔の積が、波長の整数倍になるとき、X線は反射されます。このときの角度を回折角と呼びます。

結晶面は結晶軸に対して3次元のベクトル(方向指数)で示されます。K、L、Mという単位ベクトルの整数倍の組み合わせにより結晶面が存在し、その結晶面それぞれにあるX線の波長での回折角が存在します。したがって、あるX線の波長で連続的に回折像を取ると、それぞれの結晶面に対して回折角でのX線入射があるときに回折像を得る、という形になります。よって、結晶を回転させながら回折像を取ると、各結晶面に対応したX線回折像が得られ、結晶内の電子雲の状態を求めることができます。

X線結晶回折分析には結晶を対象にした結晶X線回折と、粉末を対象とした粉末X線回折の2つがあります。結晶では、結晶面が結晶全体でそろっているため、X線の入射角により、結晶面に対応した回折像を得ることができます。一方、粉末では結晶が細かく、あらゆる方向を向いているため、どの角度からX線を当てても、すべての結晶面に対応する回折像全体が得られます。したがって、粉末X線回折ではどの面からX線を当てても同じような回折像が得られます。結晶X線ではX線の入射角に依存して角結晶面に対応した回折像が得られるため、角度を変えて測定することで情報量の多い、電子雲密度の情報を得ることができます。粉末X線回折ではこのような電子雲密度の詳細を得ることは困難ですが、比較的簡単に結晶の状態を調べることができます。X線結晶回折で得られる回折像は結晶と粉末で大きく異なります。結晶では、回折の干渉による、2次元の点の集まりとして情報が得られます。一方、粉末では点に対応するピークをチャートとして得ることになります。

上に書いたとおり、結晶X線回折では、様々な角度からX線を当てることにより、電子雲密度を詳細に知ることができます。この電子雲密度を利用して、結晶X線回折像から、分子(タンパク質、DNAなど)の分子の立体構造を計算することができます。一方、粉末X線回折では詳細な電子雲密度を計算することはできませんが、結晶形、非晶質の特定、物質の特定などを行うことができます。結晶形とは、同じ分子の結晶でも結晶の並び方が違うもの(結晶多形)のうち、ある並び方で分子が並んでいる結晶のことを指します。結晶形により、エネルギー準位が異なります。非晶質(アモルファス)は結晶構造を持たない固体のことで、エネルギー準位が非常に高いもののことを指します。一般的にエネルギー準位が高いほど不安定で、水などに溶けやすくなります。医薬品では有効成分が水に溶けて働く場合が多く、結晶形・非晶質は水への溶けやすさに影響を与える大きな因子の一つとなります。したがって、X線回折により結晶構造を特定しておくことが重要となります。結晶形が異なると、同じ分子の結晶でもX線回折のピークの位置が異なります。非晶質の物質では、X線回折のピークが得られず、なだらかなチャートが得られます。このチャートから有効成分の結晶形を知ることができます。

粉末X線結晶回折の装置は、X線源、光学系、ゴニオメーター(X線の入射角を変える装置)、検出器からなります。光学系としてスリット・モノクロメーターを用い、イメージングプレートやCCDでX線を検出します。X線源には加熱フィラメントから熱電子を放出、陰極に衝突させて発生させる、真空管を利用したものが一般的です。強いX線源が必要な場合には、シンクロトロン放射光を用います。

粉末X線回折には、粒子の形状が大きな影響を与えます。板状や針状の結晶は配向性を持つため、良好な結果を得ることができません。結晶の配向をランダムにするため、粒子径を小さく(50マイクロメートル以下)にする必要があります。しかし、過度に粉砕するとそれはそれでよくないようです。